東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)では、「初等中等教育における探究学習への支援プロジェクト」において、児童生徒の発意や関心に基づく探究学習に対して専門の研究者が的確なアドバイスをすることにより、探究の成果をいっそう高度で充実したものとすることをねらいに、東京大学の教員もしくは大学院生がオンラインを通じて支援・指導を行っています。
今回は中学3年生 Fさんのボーカロイド音楽についての探究学習を通して出てきた疑問や悩みに、東大で現在も開講中の人気ゼミナールをもとにした『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』などの書籍もある、東京大学先端科学技術研究センター所属(現在は博士課程生)の、鮎川ぱて先生がアドバイスしました。以下に、ダイジェストを紹介いたします。
Fさんのご相談
理論や方法よりも、「作品」そのものに向き合い
作者のメッセージや表現の意味を浮き彫りにしていく
Series5. ボーカロイド音楽作品を批評する
Fさん:
今取り組んでいる卒業論文で、ぱて先生が「東京大学ボーカロイド音楽論講義」(文藝春秋、2022年)の本でやっていたような、ボカロをテーマに合わせてピックアップして外部の資料や理論を取り入れながら1つの論を組み立てていくということをやっていきたいと思っています。その中間発表に向けては、大漠波新さんの楽曲を取り上げて、そこで表現されている「愛」とは何かについて調べているところです。ボカロカルチャーは、社会から取りこぼされた人の声だったり、思春期や青年期の葛藤だと思っているので、最終的な卒業論文はそうしたものと結びつけて書きたいと思っているのですが、まだふわっとしていて、どんな学説や文献を参考にしたらよいかなど、悩んでいます。
鮎川先生:
発表の形態やサイズ感というのは、決まっているんでしょうか?
Fさん:
中間発表はスライドで5分くらいの発表をして、最終発表は卒業論文のような文字形態です。
鮎川先生:
なるほど、わかりました。研究のテーマにするのは、1曲っていう風に考えていますか?
Fさん:
当初の予定ではいろんな曲を扱うというか、対象は特定の1曲ではなかったのですが、今の予定では1曲になりそうです。
鮎川先生:
いいと思います。例えば大漠波新さんの「あいのうた」1には、1曲だけでいろんなテーマが盛り込まれているから、メインで扱うのは1曲にフォーカスした方がやりやすくなる気はします。僕が自分の本でよくやったやり方だけれど、複数の曲を取り上げていく中でも、それぞれについて2000字ずつ書いているわけではなくて、メインとなる曲を1つどーんと真ん中に置いて、それに対して他の曲ではこういう近いことを言っている、としたり。1曲にフォーカスしたけれど、この作家にとってこのテーマは1曲で終わるものではなくて、いろんな形で掘り下げ続けているテーマなんだと思います、という風にまとめたり。 Fさんは、「あいのうた」については結構見てきている感じかな? その曲と、(メモにある同じ大漠波新さんの作品である)「のだ」2だとどっちがいいかな。
Fさん:
テーマを愛にしたので、それが題名に出ている「あいのうた」というのはわかりやすいと思います。「あい」という表現がいろいろ歌詞にあるし、「愛」だけではない「あい」が色々歌詞に表れているから、もし1曲に絞るなら「あいのうた」がいいと思っています。
鮎川先生:
事前にいただいたメモを見せてもらったけれど、もうメモもたくさんできていますもんね。いい感じだと思います。「あい」にラブの方の「愛」と「AI」というダブルミーニングが込められているというのは、確かにこの曲の明確なコアだと思います。このことは、特殊な読みによって気づくのではなくて誰もが気づくレベルのテーマですが、それをまず素直に受け取るのはすごくいいと思います。あと、Fさんは(動画中に表示される)歌われないテキストの書き起こしもしていますね。
Fさん:
はい、MVを見ながら全部自分で書き起こしました。
鮎川先生:
発表のスタイルがどんな感じかわからないけれど、聞く人たちは、ボカロがどんなものか知らない状態なんですよね? ボカロはフィールドが動画サイトなので、①音楽 と②映像 と③言葉 という3つのレイヤーで総合的に表現をするというのが基本スタイルですが、Fさんが書き起こしたような、歌詞として歌われないMV(映像)上の文字表記にも意味を持たせるというのも表現のスタイルとしてあって、この曲はまさにそれをやっている。ボカロを知らない人からしたらこれだけでも結構新しいポイントだから、そういう表現構造になっているという説明がちょっとあってもいいかもしれないですね。
MV上の文字表記例
Fさん:
なるほど、ありがとうございます。卒論の参考に、先生の本のそれぞれの章は、どうやって構成されていらっしゃるんでしょうか。どういうプロセスを踏んでこういった構成にしたのかをうかがいたいです。
鮎川先生:
確実に言えるのは、作品ありきで考えているということです。まず作品を中心に、批評する題材を置いて、その後にその題材にとって一番ふさわしい分析の道具や方法を後から考えるという順番ですね。道具が先行して、例えば精神分析を使いたいからこの曲を選ぶ、ではなくて、後から判断しているところがあります。ただ、これはどうしても経験値が必要で、僕はいろんな学問ジャンルに時間をかけて今に至っているから道具のストックは結構あるわけです。なので、とにかく曲を主役に、ふさわしい道具を手札のなかから出すみたいな感じにしているんですよ。Fさんは、もうすでに結構ちゃんと考えられていると思うし、方法として確立した手法を使わなくても、作品がちゃんと主役になっている批評だったら、しっかり書けるんだと思います。批評の最大の条件というのは、一次作品から離れないということです。良くない批評というのは一次作品に書いてないことを勝手に読み取って妄想することなので、とにかく作品に向き合いまくるということがちゃんとできていれば問題ないと思います。
講義でも時々話すのですが、インターネットには、“縦読み”という文化があります。本当は隠されたメッセージがあるはずだと、文章の頭を縦に読んでいくのが普通の縦読みでしょう。けれども恣意的に何文字目か決めずにばらばらに読んでいくことがある。でもそれはどう考えても強引な読み方で、自分の読みたい気持ちを無理やり対象の中に投影しているに過ぎないですよね。批評をする、対象を読むという時に、自分が持っている考えをこの作品が代弁してくれているはずだという思い込みや誘惑というのは、どうしても出てくるものだと思います。なので、自分の読みたいものを無理やり対象に見出そうとしないというのは、とにかく批評においての最大の注意点ですね。
Fさん:
あくまで批評という立場を崩さずに、その作品ありきで構成するということですよね。
鮎川先生:
作品を批評するために、批評理論という方法が近年では確立されてきています。僕の本でも実質批評理論を使っている。ただ批評理論は、これまでの哲学とかジェンダー研究など他のジャンルでなされてきた議論の中で批評に使いやすいものをパッケージしたものを批評理論と呼んでしまっているところがあるんですね。僕の本にも哲学の話が出てきますが、実際には、哲学のうち批評に流用できる部分の参照なんだけれども。Fさんが、批評理論として確立されたものを勉強したとしたら、同じことをできるようになるかもしれない。ただそれを準備するには卒業論文に間に合うかどうかわからない。また、一定の道具を全部勉強しておかなければ批評ができないというわけでもないので、対象にふさわしい知識をFさんが持っていれば、それをそのまま使って大丈夫だと思います。例えば「あいのうた」ならば、AIが台頭している時代にそれでも自分が創るということはどういうことなのか、という作家の葛藤がほとんどメインだと思います。なので、批評の手法というよりも、創造性とAIについて他の人がどんな風に言っているか、学問的にどんな研究がなされているか、などを横目で見て最終的な卒業論文のときに参照しながら語るといいかもしれないですね。
Fさんはこの曲を改めてどう思いますか。
支援ミーティングを終えて
Fさん:
1つの講義を受けているような感覚で、講義を聞いて相談もしているみたいな感じでした。この時間を設けていただいてよかったと思いました。中間発表のテーマも明確になったし、ここで気づいたこともたくさんあったので、発表に生かしていきたいです。
鮎川先生:
Fさんにそう言ってもらえて嬉しいです。教員の立場から教えるというのも選択肢としてあったかもしれないですが、僕の議論を押し付けることになってはいけないとブレーキを掛けつつ、一緒に考えようと臨みました。もう作品を十分に受け取っていると思うので、あとはそれを「まとめる」というプロセスを丁寧にやればバッチリだと思いました。
本記事で参照した書籍
鮎川ぱて. (2022). 東京大学 「ボーカロイド音楽論」 講義. 文藝春秋
本記事で参照した動画一覧
- 大漠波新(2023)「あいのうた」(2025年8月21日閲覧)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm42445494 - 大漠波新(2023)「のだ」(2025年8月21日閲覧)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm42983761 - 柊マグネタイト(2021)「マーシャル・マキシマイザー」(2025年8月21日閲覧)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm39217773 - ぬゆり(2017)「命ばっかり」(2025年8月21日閲覧)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm31680050 - 椎乃味醂(2023)「あなたにはなれない」(2025年8月21日閲覧)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41955561







