子どもの貧困を3つの複合的な視点「スキル・学校・行政」から解決を志向する関連プロジェクト「子どもの貧困と学習の社会的成果に関する理論的実証的研究」

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子どもの貧困を3つの複合的な視点「スキル・学校・行政」から解決を志向する関連プロジェクト「子どもの貧困と学習の社会的成果に関する理論的実証的研究」

学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)では、笹井宏益玉川大学教授を研究員にお迎えし、2017年から科学研究費助成事業基盤研究(A)「子どもの貧困と学習の社会的成果に関する理論的実証的研究」をセンター関連プロジェクト(以下関連プロジェクト)として研究をすすめています。
この科研は、スクールソーシャルワークや児童養護施設などのおもに福祉的観点からの研究を行う「社会的養護ユニット」(ユニットリーダー・岩田美香法政大学現代福祉学部教授)、OECDのPIAAC(成人力スキル調査)などの国際調査結果を基に研究を行う「教育評価ユニット」(ユニットリーダー・笹井宏益科研代表)、そして、認知的・非認知的(社会情緒的)スキル、学校、行政の複合的な視点での研究をすすめる「学校教育ユニット」(ユニットリーダー・勝野正章本学部教授)の3つのユニットで構成されています。

当センターには「学校教育ユニット」の研究が割り当てられ、副センター長である北村友人准教授が勝野教授と連携し研究を進めています。その一環として、2018年3月3日に東京大学の情報学環福武ホールでシンポジウム「子どもの貧困に、教育・福祉はどう立ち向かっているか ~認知的スキルと非認知的スキルのコラボレーションが子どもの未来を創る」を行いました(写真左、第2部司会を行う笹井玉川大教授)。
当日は飛び込みでお客様も多数お越しになるなど、関連プロジェクトに対する関心の高さが伺えました。また、開催後のアンケートでも回答者の9割が「よいシンポジウムだった」というお声を寄せてくださり、来場者の皆様の満足度がとても高いものとなりました。本稿ではこのシンポジウムの内容に触れながら、関連プロジェクトの紹介をいたします。

 

自由な発想のもとで学校教育の新たな可能性を模索し、仮説を生み出すCASEER
当関連プロジェクトもその意味では学校教育の高度化を志向する研究のひとつ

主催者を代表して挨拶を行った能智正博CASEERセンター長(当時、当関連プロジェクト研究協力者)は、当センターと関連プロジェクトの関係について説明を行いました。
「このセンターでは効果検証の作業と並行していくつかの研究プロジェクトを行っており、関連する先生方の自由な発想のもとで学校教育の新たな可能性を模索したり、仮説を生み出したりという作業を行っている。それが検証すべき優れた教育実践と仮説の探索ということになる。それは同時に、この本センターの名称の一部である、学校教育の高度化への歩みということになるのかもしれない。その意味では、このシンポジウムを行う関連プロジェクトもまた、学校教育の高度化を志向する当センターの新たなプロジェクトのひとつである」。

そのうえで、子どもの貧困の問題と専門の臨床心理学の関係と、関連プロジェクトへの期待を述べました。
「ご存知のように子どもの貧困は昨今、マスコミでも取り上げられることが多くなってきた。私の専門は臨床心理学で、本研究科付属の心理教育相談室で子どもさんに関する相談を受けたりもしているが、そこで時々感じるのは、個々のお子さんの行動の問題の背後に、貧困などに代表される社会・経済的な問題というのが様々なかたちで出ていること。
子どもの貧困問題というと、確かに社会・経済的な問題ではあるが、同時にそれは、個々の子どもさんや親御さんの心の中にまで忍び込んでくるような、非常に多様な表れを持っている問題でもある。同時にまたマスコミなどでは子どもの貧困として取り上げられることが多いが、子どもの貧困は大人の貧困の問題とも繋がっているし、それから世代を超えて影響し合う、長いタイムスパンで考えなければならない問題でもある。 今回のプロジェクトは、子どもの貧困問題を広い視点から捉えながら、単に問題の指摘や分析に留まらず、その対処の可能性を様々な側面から探索した非常に意義深いものである」。

 

算数が満点でも衝動が抑えられず暴力を振るったりする子どもがそのまま育っていくと、
社会で活躍することが難しい時代に、特別活動を通じて養成できるスキルとは

第1部の話題提供では、本学部の恒吉僚子教授が「特別活動と教科教育がもたらす認知的・非認知的スキルのコラボレーション」と題して、教室内における非認知的スキルについて、次のように説明しました。
(写真、当日はビデオ出演)

「元々アメリカ等では非認知的スキルは、不利な条件を持つ子どもたちの教育としばしば結び付けられて議論されてきた。しかし、往々にして教室に限定される傾向があった。例えば協同的な学習は、通常のアメリカでの競争的な関係に対して、協同することによってよりよい成果を出す、または人種や階層が異なる人と協同することによって、対人関係が改善されるといったことがしばしば主張されてきた。これは障害の有無等に関しても、同じことが言われてきた。
ただ多くの場合は、教室の中での教科に関連したタスクという特徴があって、日本の運動会や給食などの特別活動に見られるような、広い意味での非認知な能力を含めたような教育で見られる教科外の活動を含むわけではない」。
そのうえで、現在日本で行われている教育がもつ可能性について、次のように述べました。
「狭い意味での勉強を越えて子どもの教育を捉えようとする日本の枠組みというのは、示唆に富む。特別活動をも行う学校は、子どもの成長を支える上で大きな役割を果たしている。元々狭い意味での勉強だけを学校がフォーカスしていて、その狭い意味での勉強を達成できるかというとそうではなくて、非認知的なスキルの教育と教科教育は、本来一体化しているものである。
たとえば、算数が満点でも衝動が抑えられず暴力を振るったりする子どもがそのまま育っていくと、社会で活躍することが難しくなる可能性が高い。教科に必要な力である認知的な教育内容を本当に理解し活用していくには、経験的な学習や非認知的な学習が必要になってくる」。

 

子どもの貧困は社会的な構造や制度に大きく由来している問題
そこに教師が気付くことができるか、気づかせることができるかどうかが問題解決のカギ

第2部のディスカッションでは、「学校教育ユニット」のユニットリーダーである勝野教授(写真左)が「子どもの貧困に対して、学校や教師、教職員ができることは確かにある。まずは子どもの貧困という問題をどう見るかという教師の認識の問題が、個人的にはとても大きい」と考えを述べた後で、ユニット全体の研究を次のように総括しました。

「(社会的養護ユニットで研究されている)スクールソーシャルワーカーの方々から見ると、先生たちは就学援助や生活保護を受けている子どもの家庭の実情になかなか思い至らない。先生たちは今その子どもたちが置かれている状況をしっかり認識する、しかも子どもや家庭に何かが不足していると見るのではなくて、社会的な構造や制度に大きく由来している問題と考えられるかどうか。それが実は、これから教師が実践できるかどうかに関わっている大きな問題なのではないか。
教員養成も今同時に改革されようとしているけれども、ここで議論しているような問題を、どれだけ教員養成に取り入れていけるかということは、実は教育行政の問題としても大きいと考えている」。

今年度からは、当センターのセンター長に中村高康本学部教授が新たに就任し、さらに、当センター効果検証部門の川本哲也特任助教が「学校教育ユニット」に新たに研究分担者として加わりました。従来の科研分担者である、勝野教授、北村准教授のほか、文部科学省 国立教育政策研究所の本多正人・植田みどり両総括研究官、卯月由佳主任研究官、鶴田清司都留文科大学教授、田島信元・河野順子白百合女子大学教授ら他機関の研究者、また分担者以外の研究協力者の先生方にもご協力いただきながら、新たな組織体制で研究を進めて参ります。

子どもの貧困を子どもの「スキル(認知・非認知)・学校(組織・教職員)・行政」という3つの複合的な視点からの解決を志向する、当センターの関連プロジェクトチームへのあたたかいご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

(文責:関連プロジェクト担当 効果検証部門 特任研究員 石島照代)

当関連プロジェクトに関するお問い合わせ先 効果検証部門 c-kouka@p.u-tokyo.ac.jp